戯曲について

今日は戯曲について書きたいと思います。

今回、上演される『或いは魂の止まり木』という戯曲を書こうと思ったきっかけは端的にいって、東日本大震災です。

初演は2013年3月なのですが、

今、家族劇を書いたらどんなものになるのか?

それを検証したかったのです。

あのような大きな出来事の後には必ず、以前と以後を線引きしたがる言説がどこからともなく出てきます。

例えば「戦後が終わった」や「今まで通用してきたことも、これからは通用しない」など。

もしくは、今までだましだまし運用してきた制度の欠陥が露呈した、ともいえるかもしれません。日本のエネルギー政策などがまさにそうですね。

もちろん「線引きすること」それ自身への是非はあるでしょう。確かに安易な線引きは慎むべきです。しかし、50年後の日本人が2010年代を振り返るとき、やはり多くの人が「震災のあった10年」と捉えるのではないでしょうか。などなど。

ちょっと話が脇道にそれましたが、要するに僕も御多分に漏れず、そういったことを考えていたわけです。

ただ、いきなり大げさな話から入ったのに恐縮なのですが、いざ書き始めてみると、これがなかなか思うように筆が進まず、最終的には当初の目論見とは少し違うところに行き着いてしまった。

個人的にはそんな感想を持っている戯曲です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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